お前らには死刑をする資格は無い。

さっきさ、オカンを長崎の中の農場に車で送っていった。
山の中のNPO。地元で農業とか音楽を通じて反核活動とかやってる。

まあ、農家な訳だがそこで平和にあらゆる思想や宗教のひとが仲良く酒飲んでいるわけだ。
カソリック創価学会、地元の神社の氏子からお寺の檀家、果ては共産党員まで。

関係の無い話終わり。

死刑の是非がこのところ言われているけど、俺は思うわけ。

「お前らに死刑をする資格はない。」

人を罰する資格があるのは「神様」だけ。人間がやるのは越権行為。
聖書には最後の審判の話が出てくるけど「全知全能の神様」以外は人を罰する資格がないのですよ。あ、おれカソリックじゃ無いから聞きかじりだけど。
では、なんで刑法とかあるの?とか、悪い奴はどうするの?とかいうけど、今、悪い奴を刑務所ぶちこんだり首を吊してるのはあくまでも「処している。」だけ。つまり、神様に一応この世のことを一部任されているから仕方なく対処しているだけ。
俺は裁判なんかで「反省してます。」とか、「犯人は反省の意思もなく。」とか言うけど、とうてい理解に苦しむ。俺は。反省すれば良いってもんじゃないだろう。
人間なんて10数年でDNA鑑定の結果すら変わるふたしかな生き物なのに「反省を要求したり」「命を持って償わせ」たりする不思議な生き物なんだ。そんな不確かな生き物が「命を持って償わせる」のは神様や生命に対してあまりにも傲慢ではないかと思う。
命と言えば、シリアルキラー(とされる)宮崎某や麻原某だって命だぜ。彼らは死刑執行されるまでは犯罪者でもなく人権て奴があるんだ。もし彼らの人権を否定すれば、お前らの人権も否定して良いことになっちゃう。人間が人間であることを止めさせる事は出来ないよ。あんな悪奴人間扱いする必要が無いてどいだけ傲慢な事だろうと思う。お前は神様か?肌の色は緑色か?
あんな奴ら人間じゃねーから早く吊せて?人間は人間だ、火星人だって金星人だって地底人だって人間だ。あいつら人間じゃねーてどいだけ殺した。まさかヒロシマナガサキ忘れてねーだろ。南京やチベットベトナムを。
ほら、殺して良い理由なんて一切無いよ。例外は一切認めない。
え?わけわからんて?そうだろうな?
被害者や被害者の家族とか愛する人なら犯人を凄く憎いと思う。俺がその立場だったら犯人をさくっと殺しちゃうかもしれない。でもテレビの前で鼻くそほじりながら騒いでるお前らが被害者か?その家族か?世論の声だと?笑わせんじゃねーよ。お前らには吊せとか言う資格ねーよ。人間だから。
でも人間社会には秩序とか必要だから必要に迫られて処してるだけだ。そこに謙虚さが無いと、人間は神様じゃ無いのだから。
おれ自身がちょっとした「基地外」だから言えるけど、人を殺す奴は殺す。佐世保の少女だって、タクマーだって、酒鬼薔薇聖斗だっていつかはやる運命だった。俺が何故やらなかったかといえば、運が良かったからだ。家族とか友人とかネットの仲間とか精神科医に恵まれたからである。もしかしたら今ブログで今すぐあんな非道な奴は吊せと言われる立場にいたかもしれない。
人間が人間として生きるなら誰でも殺しちゃだめだ。それが殺した人であっても。もし殺したら、殺す事を認める事になっててしまう。取り返しがつくつかない以前の問題として人間ならあらゆる人間をころしちゃだなんだ。理屈じゃなくて神様との約束なんだから。